Masumi Dialogue
vol.13

豊かな食文化をつくっていく
原動力は飽くなき好奇心

これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は料理人で、宮坂とは10年来の友人でもある森枝幹さんがお相手。既存の価値観の枠をはみ出して、食の世界に新しい価値を生み出し続けている姿に、宮坂はいつも刺激を受けているといいます。活動の拠点は日本にありながら、見据える先は世界中、そして未来にまで及び、常に広い視野で活動することは、並大抵ではないはず。一料理人としてだけでなく、さまざまなプロジェクトのリーダーとして、挑戦を続ける想いについて尋ねました。

森枝幹(もりえだ・かん)

料理人。日本食品研究所所長。国内外のガストロノミーレストランで修業後、下北沢「サーモン&トラウト」シェフを経て2019年、渋谷にガストロノミータイ料理「chompoo(チョンプー)」をオープン。フードマガジンの発行やレモンサワー専門店をはじめとした飲食店のプロデュースなど、従来の料理人の枠にとらわれない活動を続ける。

世界観が広がったオーストラリアで選んだ道の先

幹君とはもう10年来の友達だけれど、そもそもなぜ料理人になったのか、あらためて聞きたいです。

森枝幹さん(以下、森枝):父が食文化にまつわるジャーナリストだったから、小さい頃から「いろいろな視点から物事を見ろよ」と言われて育ちました。そして、おいしいものを食べさせてもらっていたと思う。そんな環境だったから、小学生くらいから、なんとなく自分は料理人になるだろうなとイメージしていました。

でも、中学の途中でバレーボールを始めたら、全国大会に出るくらいにはなって。とはいえ、インドアは狭き門だから、ビーチバレーに転向したら世界に行けるかもしれないと考えたりもしたんです。

高校卒業後にオーストラリアに料理修行に行くことは決めていたけれど、実はオーストラリアってビーチバレーのメッカでもあるんです。だから現地で、世界的な選手にコーチについてもらったんだけど、1回目の練習で「ここまではいけないな」と思って、きっぱり諦めました。そうなると、自分には料理しか残ってない。そこから料理に向けてのエンジンがかかりましたね。

修行先の「Tetsuya's」では、いろんな国にルーツを持つ人たちが働いていました。その人たちが修行を終えて、タイをベースにしたレストラン、イタリアをベースにしたレストラン……のように、多様な食文化に通じる店ができていく流れがあった。それが、モダン・オーストラリアといわれる料理のジャンルになっていったのが、僕がいた2010年前後ですね。「新しいフードカルチャーだ」と新鮮だったし、これを日本に持ち帰りたいと思いました。

日本に帰ってきて、シェフとして働いている幹君と出会ったわけだけど、その頃に比べたら、ずいぶん仕事の幅も広がっていますよね。仲間と立ち上げた会社は大勢の社員を抱えるまでに成長しているし、今いるのは、幹君が所長を務める「日本食品総合研究所」の拠点。代官山駅からすぐの場所に新しくできた商業施設にあって、「次世代に向けた新しい食文化づくりに挑戦する新しいプラットフォーム」と位置付けられています。

森枝:僕は、シェフとしてずっとやっていくより、シェフが働く環境をよくしていきたい。その想いから会社を設立したのが5年前です。いろいろな活動はその延長線上にあるといえます。

たとえば、海外のレストランは、ある程度以上大きくなるとオーナーがいて、グループ会社があって、というかたちが多い。日本ではまだあまりないけど、僕が目指しているのは、その大元になるような会社です。

料理がいくら上手で人が良くても、商売が下手では成り立たない。その部分をバックアップして、本当にシェフが幸せになる仕組みをつくっていきたいと思っています。

たしかに、料理人が1人でやっているような店も多いけれど、料理以外のバックオフィスもすべてやらなくちゃいけないって大変です。

森枝:僕も以前小さいお店をやっていたけれど、途中からこの状況は厳しいぞと思っていました。今考えると、どうやって回していたのか全然わからない(笑)。まあ、寝る間を惜しむのも苦じゃなかったからできていたんです。でも、もっと効率よくやって、料理人が社会に溶け込んでいくような仕事のまわりの環境を整えていければいいですよね。

食のトレンドを追うのではなく
震源地になる覚悟と楽しさ

この対談のテーマの「豊かさ」って、金銭的なことだけじゃなく、この世の中をどうしていきたいかの問題意識に通じるはず。幹君は自分なりの回答を提示し続けていると思っていて、刺激をもらいます。

森枝:僕は、おもしろい人と知り合いたいし、その人たちが成長したり、評価されたりしていくのを見たい気持ちが強いんです。たとえばタコスだって、10年前の日本では知られていない食べ物で、「絶対これ流行るよ」って言っても信じてもらえなかったのが、今はいろんな人が手の平を返したでしょ(笑)。

魚の資源管理の観点から食材を選ぶことも、僕がやり始めた当時は「無駄なことをしている」と見られていたけど、今は大事な視点として社会的に認知されています。当たり前じゃないことを、当たり前にしていくのがおもしろいんです。それを、どのサイズでどんなふうに展開していくか。僕は、自分の価値観に寄り添ってくれる少数精鋭的な店をこじんまりと営むのではなく、もうちょっと大きな規模で考えたくなりました。

大きなマーケットにひらいて物販をしたら、どんな人がどんな風に食べるかわからない。僕がリアルにコミュニケーションできる相手は、0.01%以下のお客様ですよね。最初はそれが死ぬほど怖かったけど、今はその広がりに可能性を感じています。

「豊かさ」の文脈でいえば、価値観の幅を広げるおもしろさで、ずっとやってきているともいえるかな。そして、食のシーンを見ていると、現代はハレとケの中間みたいなところに豊かさを感じる人も多いかなという気がしています。

最近、自宅ではシンプルな和食をつくり続けていたら、一つひとつはおいしくできても、続けているとやっぱり飽きてくるんですよ。昔だったら、おかずが何品もあるだけで贅沢だったはず。だけど現代では、それだけではケの食事で、洋食やビールやワインのような飲み物がないと満足しにくいのだと発見したんです。

だから、今の日本の食卓に合う日本酒を考えると、かつてのものとは違うでしょうね。食の好みも多様化しているから、傾向としてまとめるのも難しい。みんなが一斉に注目するような食のトレンドも、「発酵」で最後じゃないかな。

たしかにそうかも。それは、僕はいい流れだと思います。トレンドに翻弄されることから降りた人たちが、結構出てきたともいえる。頼もしい感じがします。

森枝:そういった面もあるけれど、こういう状況では消費は伸びないですよね。だから、ビジネスとしては厳しい時代だと思います。

そんななかで、ひとつの流れとしてあるのは、居酒屋というかたち。ガストロノミーまではいかない崩した感じで、自国の料理を紹介して楽しんでもらいたいときに、ちょうどいいのでしょう。居酒屋のシームレス、ジャンルレスみたいなところのフォーマットを活用して表現するのは、今のトレンドといえるかもしれませんね。

これまでも、これからも。
多様性が食文化をおもしろくする

いまや、食に関するおもしろいことにはいつも幹くんが絡んでいるから、僕はそれが嬉しいんです。知り合った頃は、「おもしろい若手がいる」みたいな感じだったけど、日本の食を考える上で欠かせないプレイヤーのひとりになっている。もちろん、挑戦して、戦ってきたからこその現在地だと思うけれど、社会が幹君を食のキーパーソンとして見出だすようになってきているのを感じます。

森枝:ありがたいことです。一方で大きな組織とも仕事をするようになったから、相手が一枚岩とはいかなくて、一緒にやるのに内部で戦わなくちゃいけない状況に陥りがちです。

なるほど。仕事のパートナーとなる人たちの理解を得るのが大変なんですね。

森枝:そうなんです。でも、仲間内での理解度が一番大事だと思うし、そこがちゃんとしていないと、いいプロジェクトはできないですからね。

大きいプロジェクトのさらに先にあるものかもしれないけれど、幹君は「目標は世界平和」って以前インタビューで答えていました。そのことについても聞きたいです。

森枝:うーん、考えれば考えるほど道のりは遠いなあと感じていますけどね。でも、結局何を目標にするにしても、大事なのは、相互理解でしかないとも思います。さっき言ったような、プロジェクトのパートナーとの間でも、相互理解をどうやって目指していくか。諦めないでがんばれるか。

人は、自分のポジションをはじめとして、お金、損得勘定、いろんな守らなくちゃいけないものがある。その領域を侵されそうになると、他の人の平和を攻撃しちゃうのかなと感じます。けど、そもそも地球のキャパシティを超えちゃったら、元も子もないよなとか……本当に難しいです。

具体的なアプローチでいえば、僕がタイ料理の店「chompoo」をやっているのも、「知らないものを知ってもらうこと」を目指しているからです。日本でのタイ料理のイメージって、屋台のものが先行していて、安くて、洗練されていないみたいな受け取り方で輸入されている気がします。だけど、どこの国にでもいえることですが、伝統的だったり、高級なものがあったり、幅がある。まだ知られていないものを自分なりに紹介していきたい気持ちがあります。

人は、未知のものに対して、好奇心もあるけれど恐怖もある。ま、僕はそのベクトルが全部好奇心に振れちゃっていますけどね(笑)。まだまだ多様性が乏しい日本で、他の国に対して「おもしろいじゃん」って感じるきっかけはつくっていきたいです。

たしかに、料理を味わうことって、ただ情報を読んだり見たりするのと違って、五感を使ってよりダイレクトに感じられる特徴があります。

森枝:そうですね。食に対する感覚として、違いを楽しみながら受容する人が増えてほしいと願っています。そもそも、日本で市民権を得て食べられている料理って、ラーメンとかカレーとか、いろんな海外の影響をうまく融合したり進化させたりしてきたものでしょう。そうやって外から来るものを取り込んできたところに、日本の豊かさもあるんじゃないでしょうか。これからも日本の食はどんどん変化していくと思います。そこに逆らうのではなく、自分らしいやり方で向き合っていきたいですね。

聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
写真:土屋誠
構成:小野民

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