Masumi Dialogue
vol.09

乏しく見えた世界でも 共に料理をして知る 豊かさの手ざわり

これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は、長野県出身で、「世界の台所探検家」という唯一無二の肩書きで活動する岡根谷実里さんのインタビューです。岡根谷さんが海外へ遠征し訪ねるのは、市井の人々の台所。現地の人々と料理を一緒に作ることで知ったこと、考えてきたことはどんなことなのでしょうか。かねてよりその活動に興味を持っていた宮坂にとって、初対面が叶った嬉しい時間となりました。

岡根谷実里(おかねや・みさと)

1989年、長野県生まれ。世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、料理から見える社会を講演・執筆・出張授業などを通して多角的に伝えている。訪問国は60以上。著書に『世界の台所探検 料理から暮らしと社会がみえる』(青幻舎)、新著は『世界の食卓から世界が見える』(大和書房)。
https://note.com/misatookaneya/

知り合いづてに世界の台所へ 60カ国以上を旅して

共通の友人はたくさんいるのですが、実際に会って話すのは初めてですね。岡根谷さんの活動はラジオで知って、ぜひお話ししてみたかったんです。世界の台所を訪ねるなんてすごくおもしろいし、同じ長野県出身なのも嬉しくて。

岡根谷実里さん(以下、岡根谷):私も嬉しいです。真澄のC Mを見て育ってますから(笑)。

岡根谷さんの最初の著書のタイトルは『料理から暮らしと社会がみえる 世界の台所探検』ですが、実際にさまざまな国の台所に料理を習いに行ってるんですよね。ここに掲載されているだけでも16カ国。すごいなぁ。海外や食への興味はいつ頃からですか。

岡根谷:きっかけをひとつ挙げるとしたら、高校の地理の先生がめちゃくちゃいい先生だったんです。あるとき授業にデーツを持って来て食べさせてくれて、たしか「これを主食にしている人がいるんだよ」と教えてくれました。授業中に何かを食べた経験はすごく記憶に残るし、デーツを食べる人たちはどんな暮らしをしているんだろうと興味がわいたんです。地図を眺めながら暮らしぶりを想像するのもすごく楽しくて、もっと知りたい気持ちはありました。

 さらに海外への興味が膨らんでいったのは、大学の工学部に進学してからです。国際協力に携わりたくて、土木工学を勉強して国際協力を志したんです。土木工学の先にある仕事として、道路を通したり水を引いたりインフラを整えることができる。でも、大学時代のインターンシップでケニアにいたときに、インフラ整備の裏で悲しんでいる人たちを目の当たりにして、犠牲なく幸せになれることってなにかなと考え始めました。

具体的にどんな犠牲があったんですか。

岡根谷:ホームステイ先の家の前を道路が通ることになって、交通の便はよくなるし、当然いいことだと私は思ったんです。そうしたら、みんな怒ったり悲しんだりしていて。退去を命じられる家もあるし、市場や学校も移転せざるを得ないなどいろいろな問題が生じていました。

 そんな切迫した日常の中でも、家族が必ず笑顔になるのが、夕飯の時だったんです。ごちそうが並ぶわけではなくても、自分の手で何かを作り出せて周りが笑顔になる。地球上の誰もが、自分の手で自分や周囲の人たちを笑顔にできるってすごいと思ったんです。

 その家では、庭のかぼちゃの葉っぱからおいしいおかずを作っちゃうんですよ。彼らの手のたくましさにも、すごく心惹かれました。

よそいきのごちそうじゃなく、 普段のごはんを知りたい

それで、国際協力ではなく料理に方向転換したのですか。

岡根谷:国際協力以外の何かを漠然と探す気持ちはありましたが、その時は料理だと確信してたわけではなく、帰ってきてもやもやと考えていたんです。いろいろな会社の就職試験を受けて落ちて……としているうちにクックパッドという会社に出合いました。

 会社が目指してるのが「毎日の料理を楽しみにすることで心からの笑顔を増やすこと」で、自分のもやもやをすとんと言葉にしてくれた感じがあって、入社を決めました。

クックパッドではどんな仕事をしていたんですか。

岡根谷:最初はサービス開発のディレクターでした。海外事業部ができたタイミングで、その仕事もしてみたかったのですが、もちろん思い通りにいくわけでもなく(笑)。自分の時間とお金を使って、世界の料理をする人に出会いに出かけるようになりました。2017年に行ったインドで、初めて「台所で料理を一緒にさせて」と申し出たんです。

現地の家庭の台所で一緒に料理と聞くとハードルが高そうですが、どうやって受け入れ先を探すんですか。

岡根谷:大体は知り合いづてです。インドの時は現地に赴任した友達が社交辞令で「おいでよ」と言ってくれたのにのっかりました(笑)。その後しばらくは会社員をしながらでしたが、今は独立して「世界の台所探検家」になりました。

僕も世界中いろんなところへ行ってますけど、相当仲良くならないと台所に入る機会はないですよね。

岡根谷:「一緒に料理したい」と伝えると、意外とすんなり受け入れてくれます。よその国から言葉も分からない人が来て「料理を教わりたい」と言うのを面白がってくれる人がいるんです。

 だいたい数日から1週間くらいホームステイさせてもらいますが、2日目くらいまではもてなすための食事が出てくることが多いですね。でも、私が一緒に作らせてもらいたいのは日常の食べ物なんです。

確かにハレの食だけだと見えてこないこともありそうです。忙しい時の朝ごはんとか、リアルな部分が見えてきそうですね。

岡根谷:そうなんです。「世界の朝ごはんってどんなのですか」と期待して聞かれることも多いんですが、案外多くの地域で、シリアルとパンを食べていて。日本でも朝から米を炊いて味噌汁を作ってという生活様式が少なくなっているのと同じことです。食文化の継承と考えると寂しい面もあるかもしれませんが、私にとって食は、暮らしの価値観や社会を知る便利なツールで、いい悪いの価値判断をするものではないんです。

「じっくり語り合う」目的は同じ 日本の酒、イスラム圏の夜のお茶

世界中どこでも食事は手軽になっていきますよね。手早く栄養補給して別の活動をするのは合理的だけど、僕としては寂しい気持ちもあります。

 お酒のいいところのひとつは、10分で終わる食事が2時間、3時間になることです。家族やコミュニティの仲間が集まってきて大勢で飲むみたいな習慣がずっとあったはず。僕自身もそれが楽しいから、お酒をつくるっていいなと思うんです。

岡根谷:なるほど、お酒があると食卓の滞在時間が伸びるというのは確かにその通りですね。お酒を飲まないイスラム圏ではどうだったかと思い出してみると、地域によりますが、夜の時間に延々とお茶と一緒にナッツなどを食べる時間がありました。きっと、会話するための場をつくってたんですよね。近所から親戚がおしゃべりしに来ていましたし、媒介は違えど、かたちを変えて世界中でそういうものはありそうです。

 共通するものがある一方で、料理にまつわることって国や地域によって結構違うと思うんです。食べるもの、食事の回数だけとってもさまざまで、自分の常識の狭さを感じさせられることはいっぱいあります。

 概念的なことでいえば、日本料理は、素材そのものを生かす料理が多く、フランス料理みたいに手をかけたソースで料理を仕上げる考え方とは全然違います。

そうですね。それが日本人の精神性や価値観のあらわれでもあって、食だけじゃなく衣食住全てにいえることでもある。僕自身も、シンプルで上質なものを是としてお酒をつくっていきたいと思います。

 最終的に家業を継ぐために諏訪に帰ってきたのも、海外へ行ったり文化に触れたりして、僕たちがつくる日本酒が日本の食文化を世界に発信するツールとしても優れていると思ったからなんです。

岡根谷:たしかに、シンプルだからこそごまかしがきかないし、そこに気持ちが現れますね。

「手」の力に魅せられて

挑戦したいことはありますか。

岡根谷:ひとつは自分の体験を通して、誰かが世界に興味を持つきっかけを増やしたいです。今も、小学校に出向いて授業する機会は結構あるんですが、大人向けのワークショップもやっていきたいですね。小学生向けの授業だと、小麦を育ててる学校だったら世界の小麦を原料にした食べ物をたくさん持参して並べたり、世界の食材を味見してもらってどこの国のものか当ててもらったり。それぞれの食べ物には意外と理屈があるんですよ。

 「熱い国だから木の上でドライフルーツができちゃうんだね」とか「この香りはカレーに使われているスパイスだね」とか、五感を使うところから、自分の知らない世界への興味を広げられたら嬉しいです。

 これから挑戦したいのは、自分の経験を日本の社会を豊かにするために還元すること。例えば、食品メーカーや何かプロダクトを作る人達と、食卓のあり方を一緒に作っていける可能性があると思うんです。

そういえば、真澄の子会社が香港にあるのでよく行きますが、香港の家の多くにキッチンがないんですよね。香港に限らず、朝から外に集って飲茶を食べながらみんなで朝食をとるなんて、日本にはない文化です。

岡根谷:家のキッチンが外部化されて、コミュニケーションの場所になっているのも楽しいですよね。例えば、さっき話していたお茶しながらナッツを食べる文化を体験として提供できたら、しっくりくる人もいるかもしれません。

わくわくします。今は日本のなかでも暮らし方は多様化しているから、海外のいろんな知恵がフィットして生きやすくなる人もきっといるのではないでしょうか。みんなが生き生きと暮らせる社会こそ、豊かさにもつながるのだと思いますが、あらためて岡根谷さんにとって豊かさとは何ですか。

岡根谷:手の力の強さですね。世界の台所へ行って印象的なのが、自分の手で何かを生み出す力。自分で作れる、変えられると文句を言わないで生きていけるんです。

 最初に話したケニア滞在時にも、子どもたちが私が捨てるしかないと思っていたサンダルを直してくれました。別の場所ではトマト1個をきれいな飾り切りにして、その切れ端を私の口に入れてくれたのが思い出に残っています。ものは少なくても、「美しい」、「おいしい」を作り出せると豊かに生きていけるんだと思いました。

 お酒もそうじゃないですか。水と米からつくって、豊かな時間や会話が生まれる空間までできるんですから。時間を生み出す手の力を持っている人がいるのがすごいです。

私は外の力に頼りがちで、手の力は弱いなあといつも思います。途上国の人たちや遊牧民の人たちの手の力といったらもう、真似しようとしても全然できない。

日本でも手の力のある人が生き残っていく時代になってきそうです。

岡根谷:自分のおばあちゃんも雑草の食べ方を知っている。彼女達はそれらを食料として扱う知恵を持っていて、そういう知恵を自分も教わりたいと年々思うようになりました。ファッションじゃなく、生きるための地に足のついた食文化をちゃんと残していきたいですね。

岡根谷実里 世界の台所探検家

岡根谷実里 世界の台所探検家

聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
写真:土屋誠
構成:小野民

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