Masumi Dialogue
vol.08
この世界って何? 写真に映る答えを集めて
これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は、蔵元ショップCella MASUMIに併設されたギャラリー「松の間」で展覧会を開催した縁もある写真家の山内悠さんへのインタビュー。
ある時は富士山の上から、またある時は大草原や山奥で撮影された山内さんの写真は、自然や人の深淵を覗かせてくれます。山内さんが長期に渡り遠征しながら撮影してきたものは何なのか。深く遠くまで見据える視座の拠り所は、どこにあるのでしょうか。
山内悠(やまうち・ゆう)
1977年、兵庫県生まれ、長野県在住。写真集に、富士山七合目にある山小屋に600日間滞在し制作した『夜明け』(赤々舎)、モンゴルで5年をかけて撮影した『惑星』(青幻舎)など。2023年には、屋久島に9年間通い単身森の中に滞在して人間と自然の距離を探った『自然 JINEN』(青幻舎)を発売予定。4/15〜5/14まで「KYOTO GRAPHIE」に参加。
https://www.yuyamauchi.com
山内悠さんの作品はもちろん、対話からもいつも刺激を受けています。だけど、どうして写真家になったのか、そもそもの始まりは知りません。まずはそんな話から聞いてみたいです。
山内悠さん(以下、山内):僕が写真を撮り始めたきっかけが、中学3年の時。卒業アルバムとは別に写真集をつくろうと、1人500円ずつ集めてカラーコピーの冊子を作ったんですよね。そのとき初めて親父の一眼レフカメラを持って学校に通いました。
カメラを覗いてみたら、世界の構図がレンズによって変わったりボケたりする。それを見て、何か別の世界があるような感じがするのがすごく楽しくて。シャッターを切ったら、シャッター速度が遅くてぶれたり、露出が暗かったり明るかったり。何らかの現象が起こって写真として返ってくるわけです。僕の目の前にあった現実世界が全然違うかたちで返ってきたときの驚きが面白い。今思えば思春期に「この世界って何なんですか」って問いかけていた行為のように思えます。結局、写真を撮る姿勢は、今も変わってないですね。
僕の写真の中で一番わかりやすいのは、『夜明け』の中の、上下逆さまの写真。意図して撮ったのではなくて、アンダーで撮影されていた光景が反転して出てきたときに地球に見えて「地球が撮れた!」って。僕がシャッターを切って、現実世界に対して問いかけをした返答が地球からやってくる感覚なんです。
そうしないといられない 写真家としての生き方
悠さんみたいに自分の表現を追求する写真家という生き方をしている人は、商業カメラマンに比べれば多くはないですよね。
山内:最初はカメラマンの違いもよくわかってなかったから、広告写真なんかを撮るスタジオのアシスタントも5年ぐらいやってたんです。でも、その時は自分の写真が撮れなくなりました。当時は、自分がどう生きていったらいいのか全く見出せなかった。「こう見せたい」って写真をみんなでつくり上げるのがスタジオでの仕事ですが、僕はカメラに対して「何を見せてくれるの」って関係性を築いてきて、だからこそ奇跡が起こるような撮影があるんだけど…。
結局、スタジオを辞めて富士山の山小屋にアルバイトに行って作品になりましたが、心に嘘がつけないだけ。突き動かされてどこかへ行くために、暮らしや社会的なあり方を全部捨てているんです。誰にも求められてないのに毎年2ヶ月屋久島の森の中で過ごしたり、毎年百万円用意してモンゴルへ行ってすっからかんになって帰ってきたりして、俺は何をやってるんやと思うけど、そうしないといられないだけなんです。
悠さんは今40代ですが、年代を経て撮るものは変わってきていますか。
中学生から今に至るまで、生活環境によって撮る対象は変わってきています。中学ではクラスの子、高校のときはクラスや部活、高校卒業して彼女ができてから彼女の写真ばっかり撮り出して…。結果的に、節目に撮りためた写真を全部見返してまとめる作業を続けているだけなんです。
10代で撮ったもの、バックパッカーとして旅した海外、上京して東京で撮ってたもの、その後の富士山、さらにモンゴルに行き、今度は屋久島。そのときの自分がどっぷり身を置いた場所で撮っていた世界が写真になっています。僕の写真集は、自分がいる場所に対してノックして返ってきたものを集めたもの。歳月をかけてわかってきたのは、例えば富士山で見せられたのは、大いなる宇宙の中で僕たちがいるのはこういう場所だという大きな視点。モンゴルには最終的に5年間通って、自分たちの意識が時間も空間もつくり上げているのかもしれない、その構造が断片的に写真で返ってきているような感じがしました。屋久島の写真が表現しているのは、自然に対して僕たちが距離感を取る理由が視覚的にあらわれてきている感覚です。
日常で、地方で、アートに触れる体験を
自分の夢や思いに一直線に仕事にあたれる人は稀ですが、悠さんはまさにそういう人。2021年に一緒に展示会ができたのは、いい機会でした。
山内:モンゴルを5年間旅して巡って出した写真集『惑星』の展覧会でしたよね。2020年に写真集が出て、最初は北海道のモエレ沼公園のピラミッドの中で展示をして、奈良の美術館、福岡のギャラリーなど、全国を巡回して地元の諏訪に帰ってきた。
作品を見たり、普段からお話をしたりしていて、感じたことがあります。悠さんにとって、自分の作品を通じて伝えたいことって、単に「アート=美しい」ではないですよね。作品から発信されているメッセージが、私たちが考える豊かさに通じる気がしているんです。僕たちも、単においしいお酒をつくっているわけではなくて、「おいしい」に加えて僕たちの思いを伝えたい。じゃあ伝えたいものは何かというと、完全に言語化できているわけじゃないんですけれど…。なんだろうな、自分たち自身も、影響を受けながらものづくりをしていくのがいいだろうと思っていて。そんな文脈のなかで「松の間」での悠さんの展示がありました。
山内:そもそも僕がモンゴルへ通いだした最初のきっかけが、八ヶ岳エリアに引っ越してきたからなんです。2014年に山の中の空き地を所有することになって、 その空き地をどうしようか考えて、お金もないしモンゴルへゲルを買いに行こうと思ったのが始まり。
さらに遡って、どうして八ヶ岳に引っ越してきたのかというと、その前に富士山に600日ぐらい篭って、自分は宇宙の一部である意識ができた。その意識を暮らしの中でも感じていたいと思っていたら、八ヶ岳にご縁をいただいたんです。結局ゲルを建てることはなかったけど、モンゴルには通い詰めて、写真集ができたわけです。
展示は、酒蔵にあった樽をたくさん使った空間でしたよね。
山内:そうそう。お正月だったし、巡回展の最後で節目の感じもあって、樽の上に写真を載せたらなかなかいい空間ができた。壁の施工から全部自分でやったしね。この地域にはギャラリーはあまりないけど、諏訪界隈には面白いアーティストがいっぱいいる。僕の展示を皮切りにシリーズ化したいって話で盛り上がったよね。いい展示が続いていけばお客さんもついてくるし、いい枠組みができそうな気がします。
悠さんのようなアーティストの展示を地域の方々にもっと見て欲しいという思いがあったんですよね。普段触れてない「アート」に触れると、心が揺さぶられますから。
山内:本当にそうで、その体験を知らない人が多すぎて、もっと知ってほしいですよね。でも、みんながみんなアートに触れてすぐリアクションできるわけじゃない。アートとの接点が少しずつ増えていく過程が、地域にとってすごく大切だと思います。
今日の話のテーマである「豊かさ」にも通じるけれど、日本では技術的な豊かさが第二次世界大戦後に壊滅した問題があると思う。それ以前は、どんな家にも床の間があって美術品が飾られ、お客さんを床の間を背後にして座らせる文化があった。お客さんに美術品を背中に感じてもらうってすごい。それは、日本人の持っている粋な感覚で、欧米にはないものです。
今、僕たちの暮らしのなかでは、美術に関してだけではなくて、全てが受動的になってしまっている。美術の本質は目の前にあるものを自分がどう捉えるか。「自分自身を開いて向き合っていく行為が大切やで」というのがわからないとね。フランスなんかに行くと、おじいちゃんおばあちゃんが手を繋いでギャラリーに行って現代美術を見ている光景があって、いいなぁと思うけど、今の日本ではまだ難しいのかも。ただ、環境によって、人の感覚が開いたり、感じ方が変わったりします。八ヶ岳の麓、諏訪地域は、ロマンの多い場所ですからね。ここにあるエネルギーが自分たちの肉体なり感覚に及ぼす影響は絶対的にあるとは思うんです。だからこそ、八ヶ岳界隈にアーティストが集まって来ている。
写真を中心に 他の方法でも世界を伝える
悠さん自身も八ヶ岳での暮らしが長くなってきました。
山内:自分が住んでいて実感していますが、本当に静かで時間の感覚も忘れるし、考えたり制作したりするには最適。宇宙や地球を意識して暮らすにもいい場所ですよ。縄文時代からの歴史があり、諏訪大社もあり、ここにいる安心感は間違いなくあります。
僕も、ここに暮らしていて、日々「美しい」と感じる回数が、東京にいるときより圧倒的に多い。暮らしのなかで美しいと感じられるほど豊かなことはないです。「空気が気持ちいい」もそうだし、何気ない瞬間の蓄積が、人の在り方にめちゃめちゃ影響していると思います。視覚や聴覚、五感に情報が押し寄せる世の中では、感覚を閉じないとやっていられない。人が持っている第六感や本質だって、知らず知らずのうちに完全に閉じてしまっているでしょう。僕が山の中に住んでいるのは、人も情報も少ないところで感覚を開いておきたいから。
作品をつくる人だけじゃなく、触れる人にとっても、都会と比ベて静かな地方で作品に触れる意味もあると思いますよ。
今年も作品の展示や出版の予定はありますか?
山内:この地域ということであれば、今年は茅野市美術館でグループ展の予定があって楽しみです。他には、5月の「KYOTO GRAPHIE」での展示が決まっていて、6月はスペインでも。今年は海外にも積極的にアプローチしていきたいですね。
僕にとってこの20年は修行僧みたいな生活で、同じことをやれと言われても、もう二度とできないです。大変な経験と引き換えに、作品が3つ4つ揃ったから、それらを携えて伝える仕事をしていきたい。
話を聞いて人となりを知って作品を見るとまた全然違ってくる。たぶん、お酒でも何でも本来はそうですよ。消費社会の中で、つくり手と受け手がずいぶん遠くなってしまって、もったいない気がしています。今年は、悠さんの人柄にも、作品に触れる機会も増えそうなので楽しみです。
山内:新しいチャレンジも考えています。これまで撮ってきた写真って、現実を写したものだけどファンタジーやSFの世界のようにも見えるでしょう。写真には、「僕、そこに立ちました」って言える強みがあるけれど、世界のことを伝えていきたいと思ったときに写真だけでは限定的です。
こんなにファンタジーで美しい世界に生きていることを、映画や小説、いろいろな他の手段でも伝えていきたい。写真表現だけじゃなくて文章なり何か別の媒体でも届けていかなきゃいけない。それでも結果的に写真の作品にたどり着いて、「これ事実やで」ってところに終着してほしいですね。
yu yamauchi 写真家
聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
写真:土屋誠
構成:小野民