Masumi Dialogue
vol.03

食べものも、芸術も、
本質を追い続けたい。
かまぼこの老舗で、
型染め作家として描く未来像

これからの時代に求められる「豊かさ」に思いを巡らせ取り組んだ大吟醸のリニューアル。各地で豊かさを体現するさまざまな人、もの、場所からインスピレーションを受けてきました。分野は違えど、同じ方向を向き、共に文化を耕していく仲間たちと語り合うシリーズです。

今回は、創業150年を超える老舗かまぼこ店『鈴廣かまぼこ』の創業家に生まれ、型染め作家として活躍する鈴木結美子さんを訪ねました。鈴廣は、日本を代表するかまぼこメーカーながら、化学調味料や保存料を使わないものづくりを貫いています。素材にこだわり、お膝元である小田原のことから、地球環境のことまでも視野に入れた企業の姿勢を、尊敬してやまない宮坂。期せずして大学の同級生だった鈴木さんと、改めて家業のこと、型染め作家として考えていることなどをうかがいました

鈴木結美子(すずき・ゆみこ)

型染め作家。神奈川県小田原で江戸時代から続くかまぼこ屋の鈴廣に生まれる。慶應大学環境情報学部卒業後、電通にて営業・マーケティングに従事。作家の森川章二氏に師事し古典的な日本の染色技法”型染め”を習得。型染めを軸に、包装紙、テキスタイル、企業へのデザイン提供やブランドディレクションなどを手がける。
https://www.kamaboko.com

「老舗にあって老舗にあらず」
いつも最先端を行く父の背中を見て育つ

今日は型染め作家としての話も聞きたいし、鈴廣という企業のあり方についても考えを聞きたいと思っています。

老舗の鈴廣さんに生まれて、鈴廣の娘として育った部分もあると思うんですけれど、そこから今自分がやっている仕事とか、生き方で影響を受けてる部分はありますか。

鈴木結美子さん(以下、鈴木):曽祖父が残してくれた「老舗にあって老舗にあらず」という言葉があるんです。それが会社の社是なんですが、すごく不思議な言葉ですよね。相反するものを一つにする。そうした姿勢が鈴廣の中に常にあって、古いものを大事にしつつ、人類の未来まで考えた上でどういう選択をするかを考えている。

昔ながらの良さもありながら今っぽい、本物志向なんだけど新しい、そういうものをハイブリッドに作っていくのは難しいけれど、古くからある企業だからこそできることですよね。

私が型染めのデザインを考えるときも、今っぽくすることはすぐできるんですが、その中に 昔っぽさ、懐かしさ、優しさみたいなものを残すにはどうしたらいいかなを考えるのが一番難しいですね。

鈴廣さんは、小田原という地域と密接に関わり、地域のため、自然環境のためにさまざまな活動をされていますよね。今、盛んにSDGsっていわれて、いろいろな会社が取り組もうとしているけれど、それを何十年も前から当たり前にやってきたのがすごい。

確か、この社屋ができたのは5年前くらいで、省エネを意識して建てられたんですよね。

鈴木:従来の建物の60%のエネルギーで稼働しています。地下水の冷房や太陽光の温水、間伐材を床板にするなど、いろいろな工夫が施してある。社屋に関しては、私の父と副社長の叔父が先陣切って計画していました。お金はかかりましたが、この建物の中で働いていると、環境への意識が高まる良さもあります。

父はずっと環境保全への感度が高い人ですね。30年くらい前、世界で電気自動車に乗ってたのはトム・ハンクスとうちの父の2人しかいなかったみたいですから(笑)。

この家に生まれたからには、鈴廣の仕事をしたい思っていたんですか。

鈴木:勝彦さんもそうだと思うんだけど、自然に商売と生活と家族が全部繋がっているに生活を送ってきて、気にせざるを得ない。どこに行っても、何しても、何食べても、何話してても、絶対1日10回はかまぼこって喋ってるんです(笑)。それくらい生活の中にあるから、自然にやることになりました。

私は4人きょうだいなので、家族の中でできることを探しているうちに、きょうだいのなかで絵が得意だと気づいたのが、今の仕事につながるきっかけです。

大学4年生の時に、鈴廣の型染めをずっと担当してくださっている私の師匠、森川章二にお手紙を書いて、会社員になってからは、土日に先生のところに弟子入りして型染めを学びました。

周りの人たちに遊びに誘われても、「私、修行があるから行けない」って。広告代理店で6年働いている間に通い詰めました。

ちょうどその頃、『HANDRED*』の仲間に入ってもらったんですよね。ただ、その頃はまだ僕も食品業界に明るくなくて、鈴廣さんがこんなに大きな規模の会社なのに、保存料を使わないとか無添加にこだわってかまぼこを作っているとは知らなくて。

*日本の伝統食品の担い手6人で結成されたユニット。食文化の深みや、日本食の可能性を世に発信する活動を行う。

鈴木:製法ひとつとっても、父が選択をしてきた積み重ねです。選択って、生きざまや企業のキャラクターになる。ひとつ一つの経営判断の背景は、家の暮らしの中でも感じ取れるので、父のことはずっとリスペクトしてきました。

弟の智博君は、今はHANDREDのメンバーで、魚肉たんぱくの価値を見直すような活動をしているのも知っていますが、他のきょうだいは?

鈴木:4人目はまだ社会人2年目になったばかりで外で働いてるので、この後どうなるかわからないですが、姉も働いています。

きょうだいで、家業のなかでいろいろな役割を担えるのは素敵ですね。

鈴木:鈴廣の大事なエッセンスになるようなキーワードが、社長や会長との会話の中でポロッと出てくることもありますからね。そこで拾えたものを会社に還元するような気持ちもあります。

姉はアメリカにいて、鈴廣のライティングや英訳を担当しています。他にも、海外の食品の動きとか、LGBTQなどの社会運動についてとか、いろいろレクチャーしてくれますね。

私は、専属の型染め作家に近いですね。でも、立場としてはフリーランスで、鈴廣以外の仕事もできるようにはなっているんです。

今は、6割ぐらいが型染めのパッケージのデザインで、残りの3割ぐらいが鈴廣のその他の仕事。たとえば、制服のリニューアルやブランドブックの制作、ギャラリーショップのディスプレイ……いろいろですね。会社の目に見えない美意識みたいなものを形していくときに手伝ってるっていう感じ。最近は、会社のデザインについては、安心して任せられているので、もっと型染めの仕事に注力していきたいですね。

残りの1割が外のお仕事で、小田原のお寺のご朱印帳の仕事や、岐阜の音楽ホールの記念グッズ、京都の唐紙屋さんの新しい文様を作らせていただいたりしています。

型染めの美しさの奥にある意味も伝える
デザイナーから作家へ

今日改めて鈴廣さんの「かまぼこの里」を歩いてみたら、商品はもちろん、暖簾や看板も型染めで統一されていますよね。となると、つくるものがすごくたくさんありそうです。

鈴木:その通り、すごくたくさんあります。季節に合わせた手拭いやカレンダーなどのお客様へのお配りものだったり店の看板やパッケージ、パンフレットに載せる型染め文字を1個ずつ作ったりもするので、時間がかかります。

すごく大変だったときは、書籍をつくるためにひと月で挿絵の原画を84枚も作ったこともありますよ。最近は子育てをしながらなので、ゆっくりペースです。

型染めは、デザインというより図案の設計に近いもの。図案を考えて柿渋で固めた紙を彫って絹を貼り型紙を作って餅米の糊をおいて、その上から染料で染めるという実は一枚にもかなりの工程が必要なんです。

餅米や糠、大豆の汁など自然物を使って染めていくためそれがまた自分の意図しない表情ができあがったりして毎回楽しいです。生き物を扱って絵を描く感じで日本酒とも似ているかもしれません。

図案を作るときに心がけているのは、「未来に残っても恥ずかしくないもの」。言い換えれば、ずっと先の未来でも、見た人たちに「こういう意味が込められているんだ」と学びや発見があって、粋だと思ってもらえるようなものを作りたい。

たとえば、バッハの作った音楽は今も多くの人にインスピレーションを与え続けている。300年以上前につくられた名器ストラディヴァリウスのヴァイオリンは、きっとろうそくの灯りのもとで作られていたと思うけど、現代のテクノロジーで作っても超えられない。

型染めもそうなんです。すごく古い図版に、かっこいいな、叶わないなって感じることはよくある。悔しい気持ちもわきますが、いいものを作る意欲も出てきます。私も、200年後でも認められる作品を作りたいです。

とはいえ「私の表現」を出しすぎてもいけなくて。図案の中には暗黙のルールや意味づけもあるから、勉強は常にしていなくてはいけません。

前に、鳥が花を咥えている図案を描いて、染物の先生にお見せしたときに、「これは花喰い鳥ね」って言われて。そういう吉祥文様なんですけど、私は知らないで単にかわいいかなと描いていたので、これはいけないとしきたりや言われ、言葉や風習なども学んだ上で図案を作らなくてはと痛感しました。

平安や江戸時代の文様や言葉から、月の満ち欠けの一瞬一瞬の様子にきれいな言葉をつけていたり、葉の色が紅葉していく色の変わり目に四八種類もの色名がつけられていたり、三次元のものを特徴を単純化して文様にする自由な発想に驚かされたり。

型染め作家の仕事に、すごく熱意を持って取り組んでいることが伝わってきます。

鈴木:そうですね。好きだし楽しいです。今までは「型染めデザイナー」と名乗っていたんですけど、「型染め作家」に変えたのが転機でした。

デザイナーは解を出すもので、作家は自分の世界を作っていきながらもう一つの軸でデザインをしているイメージなんです。

そう考えるようになってから、自分の中に取り入れる情報が変わって、作家として活動したほうが図案やデザインを考える速度も早くなった。作家として、もう少し実験的な作品を作ったりもしていきたいですね。

結美子さんはコロナ禍で出産されて、いまは小田原でも過ごしているんですよね。この2年間はずいぶん変化が大きかったんではないでしょうか。

鈴木:生活はすごく変わりましたが、いい意味で制作過程で変なこだわりがなくなった気がします。子どもはまだ保育園に行っていないので、夜に仕事をすることが多いのですが、制限時間があるからこそ、その中で制作という加圧トレーニングをしている感じ。

今まではヨガみたいに、こっちかな? あっちかな? ってゆっくり調節しながら制作していたけれど、そうはいかなくなって。子供と遊んだり他のことをやりながら考えて、制作のアウトプットは短時間にぎゅっと濃縮して出し切るようになりました。

時代は精神の豊かさへ?
それでも「もの」に宿るものに託して

5年前、10年前とは豊かさの基準や価値観が変化して、精神的な豊かさが重視されるようになっていますね。

私は、鈴廣のさまざまな仕事を担っている智博君や結美子さんと話していると、一緒に日本の食の未来をつくっていると思える。こういう人生は豊かだと感じます。

鈴木:豊かさとは何か。子どもができて前よりも考えるようになりました。子育ては、子どもが生きていく未来を一緒に作っていくこと。暮らしのなかでの選択や気候変動について考えることが増えました。

ちょうど、子育てが始まったタイミングとコロナ禍が重なって小田原にいる時間が増えたので、地元のおもしろいものや自然に触れて豊かさを感じることは多くなりました。

それは「足るを知る」ってことですが、一方で、私は「これが欲しい」、「あれがしたい」といった人間のいい意味での欲も必要だと思う。いつも「欲」と「足るを知る」ってことのせめぎあいです。

かまぼこもそうですが、説明がなくても、理屈抜きでも食べたら感動するものってあります。でも、理屈抜きに感動するくらいおいしいものを作るには、いろいろないいものを見たり、食べたり経験したりしないと辿り着けません。

私が型染め作家として生み出していきたいのは説明なしに感動を受け取れるもの。

見ただけで、色の重なりの中にふわっと春の風を感じたり、ゆったりした線の中に生き物の瑞々しい生命力を見つけられたり、惚れ惚れするほど構図がかっこよくてエネルギーをもらえたりするような。そういうものなら作ったり残したりする意味があると思っています。

地球にとっては、ものを売らない、作らないが究極のいいことかもしれませんが、ものから感じる精神的な豊かさを大事にしたいんです。私もそういうものに力をもらったり支えられてきましたからね。

だから、豊かさの指標が物から精神に移りゆくのは、一抹の寂しさもあります。食べものにしても、合理的で栄養が取ればいいって振り切っちゃうのは、違いますよね。

鈴廣のなかでの私の密かな目標は、アートやデザインといった文脈から、鈴廣のことを知ってくれる人を増やすくこと。鈴廣がこれまで手がけてきた型染めの図案には、素晴らしいものがたくさんあるから、私はそういうものを伝えたいし、超えていきたいです。

鈴廣かまぼこ

鈴廣かまぼこ

〒250-8506
神奈川県小田原市風祭245
TEL0465-24-3141

https://www.kamaboko.com/

聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
写真:土屋誠
構成:小野民

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