Masumi Dialogue
vol.14
ニューウェーブにも一緒に乗る
老舗味噌屋の活躍のカギは余白にあり
これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は山梨県甲府市で麹と味噌をつくる、五味醤油の五味仁さんを訪ねました。
五味仁(ごみ・ひとし)
創業は明治元年。150年余りの歴史がある醸造蔵「五味醤油」の6代目として、発酵醸造文化のおもしろさを伝える。レギュラーラジオ番組「発酵兄妹のCOZYTALK」出演をはじめ、発酵業界の若手の兄貴的存在として活躍している。
https://yamagomiso.com/
個性的な同業の先輩、海外の味噌、
枠の外から覗いて気づいた家業の可能性
五味さんは、家業の味噌屋を継いでがんばっているだけじゃなくて、甲府界隈や、全国の発酵コミュティも盛り上げていこう、楽しんでいこうとしているように見えます。家業が醸造という共通点もあるので、ずっと、生き方が気になる存在なんです。
五味仁さん(以下、五味) :もともとは、味噌屋を継ぐ気は全然なかったです。とりあえず農大に進学したのも、発酵のメカニズムを学ぼうかな、くらいの気持ちから。興味がわいて、発酵って意外と面白いと気づいたのが大学3年頃のことです。そこで、卒論のテーマとして、いろんな醸造の先輩たちを訪ねて話を聞くことにしたんです。一生の仕事にするなら、イケてる業界だという期待を持ちたかった。
話を聞きに行って、特に印象的だった人はいますか。
五味:奈良に片山さんっていう醤油屋さんがいて、農大で自動車部だった人なんですよ。僕が訪ねたのは20年近く前ですけど、待ち合わせに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンみたいなすごい車でやってきて(笑)。醤油に関しては、めちゃめちゃ真面目なんですよ。でも、自由でいいなあって。
先輩を訪ね歩いたときに、スーツ来てパリッとした人にしか会わなかったら、味噌屋を継ごうと思えなかったかもしれません。個性丸出しで、自分の好きなものをつくって、学生に真面目に語っていいんだ、と衝撃だったんです。家業を地方でやるのっていいなと思えたのも、片山さんのおかげですね。
卒業後、すぐに家に戻ったんですか。
五味:いいえ。親戚づてで、味噌部門をつくろうとしているタイの醤油工場に就職しました。「味噌屋の息子だしいいんじゃない」って(笑)。3年間、バンコクとアユタヤの間にある工業団地で働きました。
タイと日本の味噌って違うんですか。
五味:それが全然違うんですよ。最近、タイにいた頃を思い出すことが多い理由もそこにあります。
実は今、スイスからワーキングホリデーで日本に来ているリノという20代の若者がいて。彼が味噌屋になりたいと言い出して、アドバイスする時に役立ったのが、タイ時代の経験です。
同じ味噌をつくるのでも、原材料、水、環境が違うと絶対に同じものはできない。だから、日本で食べた味噌と同じものをつくろうとすると大変。それよりも「今、スイスのベルンで僕がつくる最高の味噌です」がいいと思う。そっくりそのまま真似しようとするんじゃなくて、それぞれの風土に合ったかたちで味噌づくりが広まっていくことに魅力を感じます。
去年も、ドイツで収穫できる材料で味噌をつくっている醸造所で働いている人がうちに1ヶ月くらい来ていたけど、そういうのがいい。味噌づくりという伝統文化が、遠いところで広がっているって面白いじゃないですか。
今や伝統だけじゃない
予想外の発酵界の盛り上がり
かつては日本酒も日本でしかつくられていなかったけれど、今は世界中のマイクロブリュワリーで日本酒をつくっているところが出てきました。それもすごく面白いですよね。
五味:めちゃめちゃ面白いです。日本でも、10年前に冗談で言ってたような醸造所がいっぱいできています。福島県南相馬市の「haccoba」、秋田県男鹿市の「稲とアガベ」、蒸留酒でいえば山口歩夢くんの取り組み……他にもたくさん挙げられるけど、彼ら、才能の塊だと思う。みんな言っていることはよくわからないくらいマニアックだけど、できたものを飲むと抜群においしい。
自分がつくるものへの自信と、ビジネスにしている力強さが新しい感覚で、クラクラしちゃう。醸造業界にはまだまだ面白いことが起こる予感がしています。クラフトサケ※の醸造方法を聞いていると、僕の考え方ですら、頭でっかちだと感じます。
※クラフトサケ…日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、お米を原料としながら従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルの酒
酒は、つくり手の意図を反映しやすいプロダクトではあるけど、空気や環境も大きく作用します。だからこそ、一定のレベルの品質を保ちつつ、多様性が担保される必要はあると思います。
五味:そうですね。日本酒ってすごく香りがいいから、百年後には、もう飲むこともしないで香りを楽しむなんて状況が起こらないとも限りませんよね。
味噌に関しても、家業でずっと同じことをやっていますけど、なるべく柔軟でいたい。かつて、味噌や醤油って、街が発展するときのインフラのようなものでした。それで儲かったから続いてきたけど、五味醤油だけど醤油つくってないし、何かをつくり続けなくちゃいけないとは思ってないんです。今、時代が変わっても味噌屋があるってことは、すごいと思いますけどね。
ハレかケかで分類しない
味噌の立ち位置を考える
そういえば、味噌屋って全国にどのくらいあるんですか。
五味:800くらいかな。
それは思ったより少ないです。長野は味噌屋が100軒以上あるんですよ。酒造メーカーは県内に80で、全国では1200軒だから、同じように考えたら味噌はもっと多いかと思っていました。
五味:長野が特別なんです。日本の味噌のシェアの半分が長野県産ですからね。
味噌って、日用品に近くて、酒のように嗜好品は少ないですよね。といってもいろいろなタイプのものがあるなかで、五味さんはどんな味噌を目指しているのですか。
五味:ハレじゃないと思う。ケの味噌でありたいから、あまり値段も上げたくないし、かしこまった感じにしちゃダメだと思います。でも、原料代のことなんかを考えたらもうちょっと値上げしなきゃいけないけど…。
五味さんが考えている風景がつくれなくなっちゃう心配があるんですね。ハレじゃなくてケの味噌をつくりたい理由が気になります。同じ醸造業界でも、酒は嗜好品で、高い方がいいという考えも根強いんだけど、値段が手頃なケの酒だって嗜好品になり得ると思っていて。そのあたりに私がつくりたい酒のヒントもある気がしています。
五味:なるほど。朝に自分でつくった味噌を鍋で溶いている瞬間って、すごく豊かです。だから、ハレとケで分けている時点でナンセンスなのかもしれない。週6〜7やっていることをハレとはいわない。だけど、日常で道端にコスモスが咲いているのを見てきれいだと感じるような豊かさが、味噌汁にはあると思うんです。
今の五味さんの言葉、すごくいいですね。実は僕がつくりたいのも、五味さんのいうような豊かさを体現した酒です。同じように花で例えたら、バラみたいに見た目も香りも派手ですごく甘い酒もあるけれど、道端とか山に咲いているような感じといったらいいのかな。道すがら誰かが気づくか気づかないかぐらいで、さりげない、だけど飽きない、そんな感じが理想です。
そういうもののなかに、高いのも安いのもあるのは当然だけど、値段は基準にはしたくない。「いいもの」の一貫性は、感覚として持っていたいです。
タイパ、コスパではかれない
おせっかいで味噌を世界へ
醤油といえば、いつか行ってみたいと思っている和歌山の堀河屋さんは、半世紀以上使い込んだ木桶を使っていますよね。数年どころか一世代でも完成しないものづくりをしている。
五味:堀河屋さんは大豆を煮るのにも、薪を使っていますよね。店の前に薪がたくさん積まれているのを見たことがあります。
五味醤油も、今度大豆を炊く釜の設備を更新するんです。普通に新しい釜に替える選択をしたけれど、考えてみれば薪で炊くってことを選ぶこともできます。木材の調達法などは計画しなくちゃいけないけれど、今の時代だからこそ、あえて手間や時間がかかる選択をするのもいいかもしれないなあ。そういう可能性も否定したくないですね。
これからの目標はありますか。
五味:スイスのベルンに、リノの味噌屋ができたら行ってみたい。今、その景色を見たくておせっかいしていますから。
自分自身が「すごくいいな」って思うことが、世の中にも「いいね」と受け止められるのが何より嬉しい。共感する人が増える瞬間ってたまらないんですよ。
自分が共感している人やものが、広がっていくためなら、進んでおせっかいをしていきたい。そういう生活を続けられるように、やっぱり余白をもっていたいですね。
五味醤油
山梨県甲府市城東1-15-10
055-233-3661
聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
写真:土屋誠
構成:小野民