Masumi Dialogue
vol.01

「100年」を視座にして、
受け継ぐもの、生み出すもの。

これからの時代に求められる「豊かさ」に思いを巡らせ取り組んだ大吟醸のリニューアル。各地で豊かさを体現するさまざまな人、もの、場所からインスピレーションを受けてきました。分野は違えど、同じ方向を向き、共に文化を耕していく仲間たち。大吟醸を飲みながら、そんな人々と語り合うシリーズです。

初回は、同じ長野県内で旅館を営む、金宇正嗣さんを訪ねました。金宇さんが4代目として受け継いだ「金宇館」は1928年から続く老舗旅館。曽祖父が不屈の精神で掘り当てた源泉を利用した旅館は、1年の休業を伴う改修を経て2020年4月にリニューアルオープンしました。「宿の佇まいやしつらえといった金宇さんの取り組みから、構想していた大吟醸改革の方向性を肯定された気がした」と話す宮坂が、金宇さんの旅館に対する思いに触れました。

金宇正嗣(かなう・まさつぐ)

1983年生まれ。「金宇館」4代目。地元の高校を卒業後、立教大学観光学部に入学。卒業後、栃木県那須「二期倶楽部」に就職し2年間の修行を積み、その後銀座の和食処で料理を学ぶ。2009年に帰郷し家業に入り、2017年より「金宇館」4代目を継ぐ。
http://kanaukan.com

「当たり前」に価値がある
外から眺めて気づいた古いものを生かす道

真澄のリニューアルや新商品をつくる過程で、「真澄らしいお酒とは何なのか」について考えてきました。方向性を考えていたときに、「金宇館」に来て、勇気をもらいました。進もうとしている方向に間違いはないと思えたのは、金宇さんのおかげです。

金宇:そうだったんですね。ありがとうございます。僕が故郷に帰ってきたのは11年くらい前ですが、当時は先祖が残してくれた古い建物を生かせていなかったんです。

帰ってきたからには、この建物を生かしていかなくてはいけない。あえて古いものを生かすことの大切さを感じるようになりました。

2017年に代表になっていますが、旅館を継ぐことはいつから決めていたんですか?

金宇:宮坂さんもそうかもしれないですけど、子どもの頃から家業を継ぐことを当然意識していました。高校を卒業する時には、具体的な進路も思い描いて、観光学部のある東京の大学に入りました。

大学生になった当時は、古い建物は壊して新しくてかっこいい旅館をつくりたいと思ってたんですよ(笑)。でも、たまに帰省して改めて旅館を見たら、「ここは何か特別だ」と感じるようになっていました。

この古びた佇まいやしつらえが、この先も旅館を続けていく上で必ず武器になる。そう気付いて、自分が目指す旅館の方向性が定まりました。

古いものの中に美しさを見いだすようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

金宇:大学卒業後に就職したのが、那須高原にあった「二期倶楽部」です。そこで働いて経験したことが大きく影響しています。旅館で育っているから、旅館がどういったものかは大体分かっているつもりでしたが、二期倶楽部はそのイメージを覆す場所でした。

旅館の情緒とホテルの機能性がセンスよくブレンドされて、かつ「自然との共生」というテーマがあった。普通の宿屋じゃないと感じたんです。サービスの部分ではすごくお客さまに近いし、宿屋の精神性をすごく大事にしてる場所だった。

建物や環境はもちろん、サービスしてるスタッフの方たちも含めて「本物」でした。それを間近で見て感じながら働けたことは、自分にとって今につながった経験ですね。

金宇さんが思う「本物」とはどういったことなんでしょうか?

金宇:いろいろな部分で本物はあると思うんですけど……。2019年に1年宿を休んで建物を直したのは、本物というテーマがあってのことです。建物についていえば、建築資材、家具やしつらえのあり方が大事だと思います。今回の改修では、肌感覚の心地よさを体現する素材と寸法を大切にしました。

これ見よがしのデザインを施すのではなくて、用途に合わせた素材を選んで、心地いい寸法を緻密に考えていく。家具を含む空間、全てに対してです。

例えば、かつてはこの部屋は畳敷きの広間で、床に座った目線に合わせて主庭がつくられていました。椅子のしつらえに改修する上では、床の高さを少し下げて、置く椅子は低くすることで、本来の「庭を眺めるための空間」に回帰したんです。

ダイニングの椅子とテーブルもそうです。普通のテーブルって大体高さが70cm、椅子の座高が40cmくらいなんですけど、どちらも一般的な高さより5cmくらい低くしてあるんです。

たしかに低いですね。

金宇:伝統的な日本の木造建築は、鴨居の高さがある程度決まっているんです。こうした空間に洋風のサイズ感の家具を配置してしまうと、見た目にも圧迫感があるんです。部屋のベッドや座卓などに関しても、居心地のいい空間をつくるために同様の意図で設計してくださっています。

金宇館で過ごす時間の心地よさは、そういったきめ細かな工夫の上に成り立っているんですね。

金宇:今回の改修では、100年続く宿にするという決意もあって。そうすると、100年という時の長さに耐え得る素材、いわば本物の素材を使う必要があります。

無垢の木や天然の石を使う、ソファには皮を張る……耐久性だけではなく、人が美しさを感じて廃れないものを選ぼうとしたら、天然素材や伝統的な工法に絞られていきました。

100年先にも調達できる材料として栗の木を選んだというのも、そういった理由でしょうか?

金宇:そうなんです。松本在住の家具職人、前田大作さんが材料についてもいろいろ考えてくださいました。もちろん、和の空間に合ういい色味に育っていくことや、頑丈さという部分での選択でもありますが、先々日本で良い材料が手に入るという条件にも栗は合致したんです。

100年先、ここに泊まって「こういう椅子とテーブルがほしい」というお客様が現れても、つくることができる点が大事だと思っています。

「チーム長野」だからできる
地に足の着いた息の長いしつらえ

どのビジネスでも時代によって変化するトレンドがあると思います。日本酒もかつては淡麗辛口、今では華やかな香りと甘みを持った酒質が人気になるといったトレンドがあり、真澄でも時代ごとに求められてきた酒質をつくるために、製法や原料を変えてきました。酵母の選択は酒質に大きな影響を与えるため、次々と新種の酵母を採用しました。そうした状態が続いた結果、私が戻った時には真澄らしい味わいが見えにくくなっていました。

トレンドのコピーをするフォロワーになるのではなく、オリジナリティを磨き続け唯一無二の価値を持つことこそ真澄にとって必要だと思い、淡麗辛口や華やかな吟醸香を持った酒質とは一線を画した、上質な食中酒を目指すようになりました。

この酒質をつくり上げるため、酵母は真澄で1946年に発見された酵母をルーツとした、七号系自社株酵母へ一本化し、まさに原点回帰を図っています。

金宇:素晴らしいと思います。旅館も、サービス業とはいわれますが、建物ありきでトレンドに左右される部分も大きいんですよ。

お客様は、ホームページ上にあるお部屋や建物の写真を見て、泊まる宿を選ぶことが多いと思います。サービスは経験しないと分かってはもらえないので、旅館自体も「何で売るか」というと分かりやすく伝わる建物のデザインや設備の充実に力を注ぎがちです。

でも、そこに偏重して短いスパンのトレンドに合わせて設備を更新していくのは、持続性がないですよね。当然経営的にも厳しくなるし、宿としての文化が蓄積されていかない。

代々続いてきた宿屋は、地域の文化を現すものであるべきだと思っています。トレンド追従型の旅館ではなく、過去を引き継いで未来に残していく旅館にしよう、と。

1年休業してまで、理想とする旅館へと生まれ変わるためのリノベーションをする思い切った方針を立てたんですね。先代の金宇さんのお父様は、戸惑いもあったんじゃないですか?

金宇:最初はすごく喧嘩しましたよ。父なりに良しとしてやってきたことと、僕がこうしたい、ああしたいっていうことの衝突はたくさんありました。だからこそ10年という時間が必要だったんでしょうね。一緒に働いて年月を過ごすなかで得られた両親の理解があって、僕が向かって行きたい方向にも背中を押してくれました。

リニューアルにあたって地元長野県の方々とチームを組んでつくり上げたのも素晴らしいなと思うんですよね。先ほど挙がった家具は「atelier m4」、設計は「北村設計建築事務所」、サインのデザインなどは「KICHI」、造園は「庭のクニフジ」……

金宇:彼らとは、これからもなるべく一緒に仕事をしていきたいし、今回一緒に取り組んだ人たちはみんな「金宇館はこうじゃないよね」、「金宇館らしさってどういうもの?」ってことを言いながらつくりあげてくれる人たちです。この土地に暮らす生活者として同じ感覚を共有できる頼もしさがあります。

都会の、名のある人にお願いする方法もあるでしょうが、地方の仲間が集まって、こんな素敵なものができるんだぞ、と見せたいプライドもありますね。だから、関わった人たちもみんな本気を見せようと頑張って、力を結集してできた宿だと思います。

今やらないと手遅れに
木造三階建を未来に伝える

改装前は、1泊2食で1万円の宿泊費だったんですよね。

金宇:はい。1万〜1万5000円くらいの金額でした。今は値段でいえば、倍くらいになっています。

お金の話でいうと、目先の修理や改装と比べて、100年を見据えたリニューアルには、大きな投資が必要だったのではないでしょうか?

金宇:そうですね。正直にいえば、すごくお金をかけました。おそらく改装前の売り上げで考えたら、経営判断的には改装は無謀な挑戦です。

改修費用の融資も最初は説得できなくて、でも最終的には「やりましょう」と言って応援してくれる金融機関の支援を得ることができました。

普通に考えたら確かに難しいんですが、僕が帰って来てからの具体的な営業実績や、新しい宿の形を伝えた時に将来像を共有できたことが大きい気がします。

木造3階建てって、今の建築基準法だともう建てられないんです。だから、今ある建物を残すしかないんですよ。ちゃんと残せれば、年月を経るごとに価値が上がってくじゃないですか。もはや誰にもつくれないですから。

未来に残すためには、今ちゃんと直しておかないと。松本は大きな空襲がなかったから戦前の木造建築がわりと残っていて、すでに築百年ぐらいになってるものも多いんです。個人で直して残すのはすごく大変だからこそ、僕たちのような宿がやる仕事だという思いもあります。

宿は滞在して体験してもらうことができる。古い建物ってこうすればこんな良くなるんだなとか、古い建物を直して暮らしてみようかなとか。

過ごす、泊まるだけじゃない部分の価値も伝えているんですね。

金宇:旅のための宿ではなくて、暮らしや価値観を体感する場としても使っていただきたいです。旅館って日本の衣食住を伝えられる。奥深いものだと思うんですよ。そんな旅館業の魅力をちゃんと伝えていきたいです。

まさに金宇館はそういう場だと思いますし、金宇館にふさわしい酒をつくっていきたいと改めて思います。「日本」酒というように、日本の文化を次の時代に継承していく手段でもあるはず。私たちがそういった気概で商いをしないと、古くから続く日本の文化や考え方は博物館とか美術館の中で、「過去のもの」として展示されるものばかりになってしまう。

金宇:そうなんですよ。伝統的な日本旅館も、本当になくなってきていますからね。家族で代々やっている宿は経営的にも厳しくなって継承できないのもよく分かるんですけど、外から別資本や経営者が入ると、宿主が代々大切にしてきた世界観や魂は違うものになってしまう。そうしたものを積み重ねるのは大変で、古いもの、昔からのものを「新しくつくる」ことは無理ですから。

ライフスタイルや価値観は時代によって変わるので、昔のまま続けていくのは大変です。改装して僕たち家族の住居は旅館とは切り分けました。月に数日は連休をつくり、家族で夕食を囲む時間も持つように工夫しています。

100年前のふりだしに戻る
小さな温泉郷の手入れの日々を夢見て

今の真澄のコンセプトは、「上質な食中酒」。お野菜のおひたし、漬物、豆腐といった素材の味わいを大切にした料理に合わせて、料理を引き立てるようなお酒にしたい。

金宇館のお食事は、高級食材を使った派手さはないけれど里山の四季を表現していて、素晴らしいですね。

金宇:ありがとうございます。当たり前のことを、当たり前にやることを大切にしています。

料理もですが、お庭がきれいに整えられてたり、お風呂にきちんと清潔感があったりするのが居心地の良さで、いろいろ僕が言わなくてもおもてなしの気持ちを表現できる。苔がきれいなお庭を見てもらえれば、僕らがお客さまをどういう気持ちでお迎えしてるか気付いていただけるかな、と。

2020年4月のリニューアル後はすでにコロナウイルスの感染拡大が広まっていたタイミング。どういった心境で一年を過ごされていたのでしょうか?

2020年の4月までは、オープンの準備ですごく忙しくて、コロナのことはあまり頭になかったんです。オープンしたら1〜2週間で緊急事態宣言が出てしまって。世の中の空気が一変して、予約が次々にキャンセルされていく状況でした。

本当にどうなってしまうのだろうと不安でしたが、夏くらいから少しずつお客さまが戻ってきてくださった。静かな小さい宿だからこそ、逆に安心してお越しいただけたのかもしれません。

これからの目標や夢を聞かせてください。

大きな野望は、全然ないです(笑)。

強いて言うなら、別館も今回のように改修したいし、宿の周辺の敷地も整えていきたいですね。曽祖父が温泉を掘り当てたときには、御母家(おぼけ)温泉と呼ばれ、もう少し温泉街の風情があったようですが、今となっては宿はうちしか残っていませんし、周囲の環境はだいぶ変わりました。

今では御母家温泉という呼称自体もかなり年配の方じゃないと知りません。もう一度、散策できるような環境にしていきたいし、建物をきちんと保存する仕事をしていこうと思ったら、30年なんてあっという間でしょうね。

より大きな視野で考えたら、温泉が枯れないように自然環境も守っていくべきです。僕たちのような小さな宿でできることは少なくても、環境を守っていく意識は持っていたいです。

曽祖父は、元々瓦を製造・施工する瓦屋だったんですが、温泉宿を始めることを夢見てから持っていた田んぼや土地を売りながら夢を実現させました。周りからは何やっているんだと思われたに違いないけれど、それでも諦めずに温泉を掘り当て、この金宇館をつくりました。そうした経緯もあり、100年前に建てられた宿は、柱だって節だらけだし、全く豪華絢爛なつくりではない。だけど、ゼロからつくりあげた心意気を感じるんです。

今でも残る瓦屋根の上には「金宇館ホテル」って書いてあるんですよ。当時の人々が抱いたモダンなものへの憧れや気概を感じます。

そして今、金宇さんは金宇館ホテルではなくて金宇館としてリニューアルをしました。こうした表面的な違いはあるもののお二人がつくり上げようとしているものは根底で繋がっている気がします。

最後になりますが、金宇さんにとって豊かさとはなんでしょうか?

金宇:先祖から受け継げるものがあること、そしてその中で生きていけることが豊かさだと思いますね。変化の激しい時代だからこそ貴重なことです。曽祖父、祖父、父がそれぞれの時代で頑張って継いできたものを預かり、身を置かせていただいている。そしてまたそれを誰かに、また渡していけるってすごいことです。

そうした発想で仕事をしていけば、自分の子どもたちが生きる時代や未来もよくなっていくんじゃないかなと思います。

金宇館

金宇館

〒390-0221
長野県松本市里山辺131-2
TEL0263-32-1922

http://kanaukan.com/rooms/

聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
写真:土屋誠
構成:小野民

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