Masumi Dialogue
vol.12

自然と共にある手仕事が支える
道具ひとつからの生活革命

これからの時代に求められる「豊かさ」とは何なのか。さまざまな分野の方との対話を通じて、答えを探っていきます。今回は長野県塩尻市でほうきをつくる職人、米澤資修さんがお相手です。家業を継ぐ前のひと時、宮坂醸造で働いていた縁もある米澤さん。ほうきづくりを始めてからは、原料のホウキモロコシの種を植えるところから、ほうきを持つ人の癖に合わせた仕上げまでを手がける一貫した姿勢を貫きます。「たかがほうき」とは言わせない、一生物の道具づくりの現場を訪ねました。

米澤資修(よねざわ・もとなお)

150年続くほうき産地で、ほぼ唯一残る「松本箒(ほうき)」の職人。2011年に家業を継ぎ、現在は主に父母と3人でほうきづくりをしている。自前の畑で育てるホウキモロコシで、つくるほうきのすべての原材料を賄う。掃除機が主流になった現代において、丁寧につくられた一生もののほうきの魅力を伝えている。

歴史ある産地の今と昔

以前、海外からのメディア記者の方と一緒にここを訪ねたんですが、ほうきに対するイメージがガラッと変わったんです。掃除なんてめんどうだと思っていたけど、今は大好きなんですよ。掃除をすると自分の心がきれいになる感覚があって、それは豊かさに通じることなんじゃないかな、と。

米澤資修さん(以下、米澤)

掃除をして部屋がきれいになったときの嬉しさって不思議な感覚ですよね。他ではなかなか味わえないし、毎日少し手を動かすだけで得られると思うと、ストレスを溜めないためにも、やったらいいんじゃないかなあ。

米澤さんがつくっているのは「松本箒」という、松本を中心とした産地でつくられてきたほうきですよね。前提として、どのような特徴があるんですか。

米澤 :産地としては150年くらい歴史があって、多いときには茅野から安曇野一帯に百数十の生産者がいたみたいです。産地でいえば栃木県の鹿沼とか岩手県の南部地方も有名で、それぞれにスタイルが違います。うちはどっちかというと、掃く部分に使われるホウキモロコシの穂をがっつり入れる男ぼうきと呼ばれるタイプ。シンプルなつくりだからたくさんつくれる量産型だったんです。父は今でも昔ながらの行商スタイルを続けています。ほうきができたら車にたくさん積んで北陸に売りに行く。俺が子どもの頃の父は、ハイエースにどっさりほうきを積んで2〜3週間行商して帰ってきていましたね。まだ掃除機がない時代は、すごく儲かったんです。でも、今は同じようにつくって売るではやっていけません。自分が継いだときから、俺は父とは違うやり方でいこうと決めてやってます。

もともと、いつかはほうきづくりを継ぐ予定でいたんですか。

米澤 :全くそんなことはないんです。親にも儲からないから継ぐなと言われていて、ずっと会社員をしていましたから。父の体調不良もあって実家に戻ることにしたものの、既定路線からがらっと変えて継ぐことにしたのには、きっかけがありました。たまたま両親が松本クラフトフェアの招待ブースに呼ばれて、出店する機会があったんです。人が相当来るイベントなので手伝いに行ったら、「プライスカードって何のこと」と聞かれて、これはやばいぞ、このままではやっていけないと思いました。

みなさん、ほうきってたぶん3000円ぐらいのイメージですよね。うちも先代まではそのくらいの価格帯で売っていたけれど、原価計算をちゃんとしてみたら、どうやったって1万円はゆうに超えるんですよ。稼業としてやっていくために、今はメインのほうきを2万円で売っていますが、それでも自分たちの畑作業は勘定に入れていない状態です。

最初に値段を上げたときにはすごくためらいがあったし、実際に地元の人には高いと言われました。でも、東京などの都市圏で売れるようになって、逆輸入のようなかたちで少しずつ今の値段で浸透していきました。あのとき、思い切って値段を上げていなければ、今まで続けることはできなかったでしょう。

材料を種から育てるものづくり

実用品としてはもちろん、米澤さんのほうきは飾っておきたくなる魅力があります。

米澤 :若い女性などには「かわいい」って言われますね。値段に見合うものをつくろうと、年々改良は重ねています。持ち手の材質、長さ……形を変えたり、寄木細工のものもありますよ。見えないところも、少しでも軽くなるように工夫しています。

今は全部刈ったあとのようですが、米澤さんの工房から見える大きな畑で、原料を育てているんですよね。

米澤 :ここともう一ヶ所畑があって、自分で育てた原料だけでほうきをつくるのがうちの売りです。だいたい年間で600本のほうきづくりを賄える量のホウキモロコシを収穫します。昔はほうきの生産者が150人くらいいたから、その3倍くらい原料を育てていた人はいるんじゃないかな。今は原料を育てるのも、ほうきをつくる人も、うちくらいしか残っていません。

ホウキモロコシはどんなふうに育って、ほうきになるんですか。

米澤 :種まきは5月で、7月に一度刈って、そのあと切り口から再び伸びたものを10月に刈るので、収穫は2回です。何よりも大切なのは土。種を植える前に耕したら、裸足で畑に入って状態を把握します。それで、ちょっと地力が弱い感じなら、植える間隔を開けて調整しています。

肥料や農薬は使わないんですか。

米澤 :一切使わないですね。使えば楽な面もあるかもしれないけれど、これまでと同じものはできなくなってしまう。育て方に正解はないし、環境の変化で年々難しくなってきているけど、試行錯誤ですね。考えてみれば、自分で原料から育てる工芸品ってわら細工とほうきくらいなもの。種から育てられるのを羨ましがられることもあるけど、本当に大変です。天候には抗えないから水浸しで全滅だってあり得るのに、「これだけつくります」って毎年宣言しているプレッシャーはすごいですよ。でも、手塩にかけて育てているからこそ、いい原料になっていると思う。うちのほうきの履き心地は、すごく柔らかくてびっくりされますよ。

ほうきがもたらす豊かさ

日々の生活の中で豊かさを見出そうとしてる人は増えていて、米澤さんのほうきを使っている人は特にその傾向があるのではないでしょうか。

米澤 :お金より精神的な豊かさを求める雰囲気は、地元よりも東京などの都会に住んでいる人から感じますね。そういう人から、移住の相談をよく受けるですが、精神的な豊かさを求めているからでしょう。実はほうきも、精神的な豊かさを得られるものとして提案できるから、相性がいいのかな。

それはたしかに、僕も感じます。

米澤 :前提として、実験してみたらほうきは掃除機より早く掃除できるし、修理や電気代といったコスト面を考えたときにも、経済的だったりもします。実利的に豊かな道具でもあるんです。そういうことも知ってほしいけど、最終的にみなさんが言うのが「心が楽になりました」なんですよ。掃除のストレスが減った、なくなったという声がダントツで多いのがおもしろい。道具ひとつで生活スタイルを変えられたって聞くと、嬉しいですよね。俺のやりがいって、たぶんお客さまからのそういう反応です。

僕のなかの豊かさのひとつは、「溜めないこと」なんですよ。何かを押し流すというのかな。埃も、溜まる前に掃いておくのが大事な気がしていて。こういう行動を体が覚えていると、たぶん頭もクリアになっていくのだと思うんです。

米澤 :たしかに、そういう側面もありますね。常にクリーンな状態を持続できるのが理想的です。家も呼吸しているから、朝には一度窓を開けて空気を入れ替え、埃を掃き出す。同時に、自分の心の中の嫌なものも吐き出すのがお掃除。昔は、1日のスタートはそこからでしたよね。きれいにになって、嫌な思いをする人はいないし、やっぱり落ち着くんです。

そのときに、いい道具を使えたらより気持ちいいだろうなと思います。

米澤 :そう思って選んでくれる人が増えたら嬉しいです。直接販売するときは、1人ひとりお客さんに実際に掃いてもらって、癖を見て最終調整をしています。それと同時に、掃く感触の好みとかお部屋の状況などもうかがいます。

自分のためのオンリーワンのほうきなんて、嬉しいですね。これまでの話を聞いて、欲しくならない人はいなさそうです。

米澤 :購入後も3〜5年経ったらまた持ってきてもらって、お直ししているのも特徴かな。50年くらい前に俺のじいちゃんがつくったほうきも今でも現役ですから、メンテナンスすれば長持ちするんです。だんだんかたくなってくるけど、それはそれで絨毯によかったり、玄関に向くようになったり。昔、「ほうきは嫁に行くときに持たせろ」って言われていたのは、一生もののほうきの使い方が前提にあったからです。こっちもね、売るっていうよりは嫁に出す気持ちなの(笑)。ちっちゃい種から芽が出てきて、「今年も出てきた」ってまずは喜ぶでしょ。生えてきたら「ごめんね、間引かなきゃいけないんだ」って間引くわけですよ。無事に収穫してほうきをつくるんですが、俺はまだ完璧なものをつくれたことはありません。たまに完成度90何パーセントまでいくと、売りたくなくなっちゃう。ここまでくるとマニアだな、と自分でも思います。ほうきを一本つくるにも、種から育てることを考えたら途方もない作業で、何やっているんだろうと思わなくもないけど、やっぱり止められないんです。

抗えない自然のなかで 生まれるもの

今後の夢や、取り組みたいことなどはありますか。

米澤 :一人ひとりのお客さんにきちんと評価されるものをつくっていく。今やれる精一杯は、そこに尽きる気がします。工芸品として評価されることには興味はなくて、使う人に向き合っていきたい気持ちが大きいし、たくさんつくるのも物理的にも無理ですもん。一歩一歩やっていくしかないうちらの何が豊かかって、一番はここに住めていること。ホウキモロコシを育てていると自然には抗えないし、だからこそ偉大だなと心から感じるようになりました。収穫が終わって、今日から干さなきゃいけないっていう日に雨が続いて、収穫したものが全滅したこともあったんですよ。テントを張って、でっかい扇風機で乾かしても天日には叶わないんですね。つくづく太陽のすごさを知らされて、勉強になりました。この商売をやり始めて、よかったのは、地球を知れたこと。「太陽ありがとう」って、畑をやりながらめっちゃ褒めてます(笑)。祈って何が変わるかわからないけど、祈らざるを得ないことがある。そういう圧倒的な力に身を委ねながらの暮らしは、豊かさに通じているのではないでしょうか。

聞き手:宮坂勝彦(宮坂醸造)
写真:土屋誠
構成:小野民

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