■酵母の役割
日本酒においての酵母の第一の役割は、まずはエタノールを作ることです。その他にも風味を形成する、そして結構見落とされがちなのが「安定した酒造り」。
なぜ「安定した酒造りと酵母の関係性」が忘れられがちであるか、ということを歴史を遡ってお話します。明治以前は、全ての蔵が生酛造りでお酒を作っていたため、それぞれの蔵にそれぞれの清酒酵母がいた時代です。その蔵付き酵母が優れた酵母であればいいお酒ができますが、あまり清酒酵母として良くない個性を持っていた場合は酒質が不安定な状態だったわけです。言い方を変えれば蔵ごとの味の幅や個性はあったのかなと。
1906年に日本醸造協会が設立し、酒造りについて様々な研究が行われ、その中で酵母についても研究が進められました。1907年から全国清酒品評会、1911年から全国新酒鑑評会を開催しています。ここで美味しいお酒を造って金賞をとるような安定した酒造りができている酒蔵を研究対象にしてきたんだと思います。
優れた酵母でお酒を造っている蔵から、酵母をとって協会酵母として分離・頒布され、現在では「協会7号酵母(K7)グループ」といわれる協会酵母を使って、日本で造られる日本酒の90%以上が造られています。研究が進んだことにより、「安定した酒造りがスタンダード」になったため、酵母がその役割を果たしていることを見落とされてしまっているのです。
■酵母の歴史と系譜
K-1(兵庫県「櫻正宗」)、K-2(京都府「月桂冠」)、K-3(広島県「酔心」)、K-4(広島県内)K-5(広島県「賀茂鶴」)といった、昔も今も酒処として知られている場所から発見されています。現在のK-16やK-18などがなかった時代、K-4・K-5は、K-6やK-7と同じくらいフルーティーなお酒が造られるということで結構評判が良かったらしいんです。しかし、日本醸造協会で、酵母を植え継ぎしている間に性質が変化してしまい、協会酵母として頒布できなくなってしまった。そういう背景があって、現在は日本醸造協会からK-1~K-5までは頒布されていないのです。
我々研究者からいうと基本となる非常に重要な酵母は大きく4つ、K-6・K-7・K-9・K-10です。そこから分離・育種改良がされているという系譜です。
K-6(新政)
・泡無し化[K-601]
K-7(真澄)
・泡無し化[K-701]
・耐アル性[K-11]→泡無し化[K-1101]
・[AK1]→K-1501
K-9(熊本酵母)
・泡無し化[K901]→多酸化[KT901]
・[浦霞]→K-12
・[金沢4号]→[K-14]→泡無し化[K-1401]
K-10(小川酵母)
・泡無し化[K-1001]→エステル高生成*[K-1701]
*エステル高生成の酵母・・・薬剤でわざとDNAを傷つけて継代培養することで、元々の酵母とは違う性質のものが生まれる。その工程の中で、エステル高生成(香りの主成分となるカプロン酸エチル等の香気成分を多く作る)の酵母が存在した。
[K-7]× [K-10]=エステル高生成[K-1601]
[K-9]×エステル高生成[K-1601]=[K-1801]→尿素非生成[K-1901]
K-7からは、K-701・K-11・K-1101・AK1が生まれています。アルコール耐性をつけてうまれたK-11は、今後日本酒業界の将来のために、研究者の間で注目されている酵母です。なぜかというと酵母のアルコール耐性が向上すると、その酵母で造られたお酒はヒネにくいということが分かっています。そのため清酒酵母がなぜアルコール耐性を得ることができるのかという研究が積極的に行なわれています。
先ほど「K-7グループ」というお話をした中でいうと、それに該当するのはK-7・K-701・AK1・K-11だけだと思いますよね。でも実はK-6・K-7・K-9・K-10と、その4つの酵母から派生した酵母はすべて「K-7グループ」と呼んでいます。ゲノムの視点で見ると、このグループは非常に似ているのです。兄弟と従兄弟くらいの違いだと思っていただければいいかな。造りだす風味の違いで、使いわけられています。
「IWC」や「ワイングラスで美味しい日本酒」などのお酒のコンテストの審査員をさせてもらっています。出品酒で使われている酵母は、K-1801やK-9をベースにしたものが多いなという印象です。K-7で造られている出品酒がゼロではないと思っています。審査基準はそれぞれの大会で「こういうポイントを基準に審査してください」ということが最初に説明されます。もちろんそれは秘密ですよ!でも共通して言われるのは「バランス」ですね。
IWCは、ワインだと約2万種類、日本酒だと約1500種類が集まる世界的な品評会です。審査員は基本的に海外の方です。日本の品評会だと椅子に座って、一人ずつ黙々と審査をしますが、IWCの審査は4~5人のグループで1種類1種類のお酒をディスカッションして評価をします。それを他グループも繰り返し、何度も審査をして金賞やトロフィーを決めていきます。
IWCで高い評価を得たお酒は、日本の大使館に紹介されます。世界各国の大使館で開催されるパーティーで使うお酒のリストに入ることができるのです。つまり、IWCでの受賞は、海外輸出にも大きく繋がっていきます。現状の日本酒の市場はなかなか苦境を強いられている中で、今後、海外展開というのは必須になってくると考えるので、IWCはそういう意味でも意義がある品評会です。
私個人の見解ですが、これからの日本酒は食事と一緒に楽しむ「食中酒」として求められる酒質がより重要になってくると思います。K-1801などを使った香り高くて、お酒単体で楽しめるものも数多くありますが、お酒が飲まれるシチュエーションには必ず食べ物がある。そのため、食べ物とあわせた時に、「味の邪魔をしない」、あるいは「料理と合う」酒質というのが今後注目を浴びていくんだろうなと。そんな時に、K-7っていうのはより重要な役割を果たすと考えています。
全国の鑑評会など色々と賞をいただいていますが、IWCが一番大きい反応がありました。7号酵母に対していえば、可能性はすごくあると思っています。色んな国の方々に飲んでもらいましたが、国籍・人種関係なく「あったかい酒」を世界が求めていますよ!
MC・おおくぼ
テイスティングって、人それぞれ味わいや表現の仕方も違っていて、ソムリエが100人いたら100人のコメントがあると言われています。正解も間違いもないんですが、どこの部分を感じたか、またどういう特徴を拾ったのかというのをお互いに感想を聞いたりするのもとても面白いと思います。今日のように、造り手の方々からこうやって作っているよと直接聞きながら飲むというのも、特別な時間だと思いますよ。