真澄の創業


「真澄の鏡」

宮坂家のご先祖様は諏訪を治める諏訪氏の家臣でしたが、戦国時代、諏訪氏・武田氏・織田氏の戦乱に翻弄された末、刀を捨てて酒屋となりました。

諏訪で半生を過ごした松平忠輝公(徳川家康の六男)が座右に置いた、赤穂浪士の大高源吾が喉越しを絶賛したなどが江戸時代の逸話としては伝わっており、拝領の盃や遺愛の印籠なども残されています。

「真澄」は江戸後期から使い始めたブランド名。名前の由来となった「真澄の鏡」は、諏訪大社上社の宝物殿に展示されています。是非一度ご覧ください。

(文 宮坂直孝)



大高源吾遺愛の印籠

松平忠輝公より拝領の木盃